東京地方裁判所 平成5年(ワ)2252号 判決 1994年9月21日
主文
一 被告らは、原告に対し、各自、金一五〇〇万円及びこれに対する平成五年二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、被告らの負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
理由
一1 次の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
(一) 原告が歯科医師であり、被告会社が不動産業を営み、被告草野がその代表者である。
(二) 原告が被告会社に対し、平成四年一月ころ、被告会社の代表者としての被告草野の勧めに応じて、節税に利用するための適当な賃貸用マンションの紹介を依頼した。
(三) その結果、原告は、被告会社から、同年一、二月ころ、本件不動産を代金四九〇〇万円で購入することを勧められたが、これを断つた。
(四) しかし、結局、原告は、被告会社との間で、平成四年四月二八日、本件不動産を五八〇〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結した。
2 《証拠略》によれば、次の事実を認めることができ(る。)《証拠判断略》
(一) 原告は、勤務医をしていた昭和六一年ころ、薬品販売会社の取締役をしていた被告草野と面識を得、平成元年一一月ころ、独立して協立歯科を開業してから、被告草野の会社から薬品を仕入れるようになつて親しく交際するようになつた。
そして、原告は、被告草野の勧めで、被告会社から、平成三年一月ころ、横浜市北区所在の賃貸マンションを購入した。
(二) 原告が、前示(三)の被告会社からの本件不動産売買の話を断つた理由は、その価格が高すぎたためである。
(三) 原告は、協立歯科の収益が増える一方、租税負担も重くなつたため、その節税策に悩み、被告草野の勧めに従つて同被告及び被告会社にその対策、協立歯科の収支等の管理等を任せることとし、平成四年三月ころには、かねて原告が設立していた株式会社協立社(書籍の出版が目的)の代表者に被告草野を就任させた。
そして、原告は、節税策の一環として賃貸マンションのローン付の購入を被告らに依頼することになつたものである。
(四) そして、原告は、平成四年三月ころ、被告らの勧めに応じて、東京都新宿区新宿一丁目所在のマンションを六〇〇〇万円余りで購入することを承諾したが、原告がその方角等を嫌つたこと等から、最終的には売買契約は締結されなかつた。
なお、被告会社は、平成四年三月一七日付けで、前所有者から右物件を四五〇〇万円で買い受ける契約を締結していたものであるが、原告には右取得価額に関する何らの情報も与えていなかつた。
(五)(1) その後、原告は、前示(四)のとおり、本件不動産を五八〇〇万円で買い受ける旨の契約を締結することとなつたが、前記のとおり被告らに対し節税対策や収支の管理を委託した直後でもあつたので、被告らを信頼し、売買代金額を確認することもなくその指示するがままに売買契約書に署名押印したものである。
なお、当初原告に渡されるべき右売買契約書も被告らが保管していたものであつて、原告が被告らから右契約書を受け取つたのは、同年一〇月一日以降になつてからであつた。
(2) 右売買経由締結の際も、被告らは、原告に対し、本件不動産の仕入価額についてはもちろん、平成四年一月当時は四九〇〇万円であつた売買価格が五八〇〇万円に騰貴したことないしはその理由についての明確な説明もせず、原告が適正な売買であるかを判断するに必要かつ十分な情報は全く与えていない。
(3) 本件不動産は、平成三年一二月一八日付けで、前所有者のヤマニ住宅有限会社から有限会社クオリティに代金三四〇〇万円で売却されたものである。
(なお、被告会社が、右クオリティからいかなる価格で買い受けたものかについては、これを確定しがたい。なぜなら、被告らは、右価額を五四〇〇万円であるとし、これに副う平成四年四月二八日付けの売買契約書の写しを提出しているが、その原本の所在が明らかでなく、被告会社においては、真実の売買対象物件の売買価格を超えた融資《オーバーローン》を得る目的で、顧客との間で締結された契約書の売買価格を修正液等で消し書き直してローン会社に提出する等のことが日常的に行われていた事実及びいわゆるバブルが破綻し平成四年一月から四月にかけてはむしろ不動産の価格は下落していた《顕著な事実、《証拠略》によれば、同年一一月二五日時点の鑑定評価額は三〇六〇万円であるとする鑑定意見さえ出されていることが認められる。》にもかかわらず、クオリティが三四〇〇万円で買い受けたものをその四か月後に五八〇〇万円もの高額で買わざるを得なかつたのについての合理的な理由の存在を認めることができないこと、被告らの本訴における取得原価についての主張自体が変遷しており首尾一貫していなかつた等に徴すると、到底右乙号証を採用することはできず、ほかには被告会社の取得価格を認めるに足りる的確な証拠はないからである。)
二 以上の事実により原告の請求の当否につき検討する。
1 以上説示の事実によれば、原告と被告らとの関係は、本件不動産の単なる売買関係ではなく、被告らは、原告から、原告の節税目的のための不動産の購入を委託されたものと解するのが相当である。
したがつて、被告らは、原告に対し、不動産売買の媒介ではなく、被告会社がその売主の立場に立つとしても、原告が当該不動産を買い受けるか否かにつき的確な判断ができる情報を提供する義務があるというべきである。特に、本件においては、前示のとおり、原告はいつたん本件不動産の購入をその価格が高すぎることを理由に断つていたのであるから、それを知りながら被告らが再度本件不動産の購入を勧める以上、右情報提供の義務は一層増すものというべきである(なお、《証拠略》によれば、被告会社は、仲介手数料以上の利得を得るために、原告と被告会社との売買の形式を選んだことが認められるが、前記説示のとおり原告と被告らとの関係からすると、このこと自体にも問題なしとしない。)。
ところが、被告らは、原告に対し、十分な情報も与えず、かつ、合理的な理由もなくより高額な売買契約を締結させているのであるから、被告らの右行為は債務の本旨にしたがつた履行とは到底評価することができない(むしろ、本件にあつては、正確な情報が与えられさえしていれば、原告は、本件売買契約を締結しなかつたであろうことが十分推認できる。)。
そうすると、被告らには、右債務不履行によつて原告に生じた損害を賠償する責任があるというべきである。
2 《証拠略》によれば、原告は、本件不動産を五八〇〇万円で買い受け、手持ち資金で八〇〇万円を支払い、その余については日栄ファイナンス株式会社から五〇〇〇万円を借り受けて支払つたこと、原告は、平成五年二月ころ、本件不動産を四三〇〇万円で売却して右負債の整理をしたことが認められる。
したがつて、原告は、結局、少なくともその差額に相当する一五〇〇万円相当の損害を被つたことになる。
三 以上によれば、原告の本訴請求は主文一項記載の限度で理由があるから認容し、その余は失当である(債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であるから、付帯請求は、その催告にあたる本件訴状送達の日の翌日である平成五年二月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める限度で理由があるが、その余は失当である。)のでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 赤塚信雄)